秋風
わっちの名は秋風。
武器商人を生業にしている航海者。
3年前バレンティーナに拾われてどうにか生きている。
手元に残ったのは一本の刀と体と名前だけ。
ま、死んでないなら後はなんとかなりそうなもんだけど。
今はバレンティーナに貰った船で生計を立てている。
最近では、船部品を扱う事も覚えて色々試し撃ちをしてたりもしてたんだけど…。
この前、大砲の試し撃ちに小さな海賊団を狙ったのが間違いだった…。
気を許した際に、海賊に斬り込みを許してしまってお気に入りの一張羅を斬られてしまって今やこのざま…。
バレンティーナの用意してくれた服はペチコートとか言って短いスカートに胸元を見せる様な作りの服だった…。
こんなものを着させられてマルセイユの街を引きずりまわされる事になろうとは…。
副官を探しに来たバレンティーナと一緒に今、同じ席に着いているのがフランシーヌ。
さっき出会ったばかりの洋服を繕う事を仕事にしている少女だった。
黙って二人のやり取りを見ていたらバレンティーナの目の色が少し変わっている。
どうやらフランシーヌはバレンティーナのお眼鏡にかなったらしい。
で、早速泣かしている訳なのだが…。
全く…。
度が過ぎていることに気付いたバレンティーナは自分の服を脱いでフランシーヌに仕事を与えていた。
そして半ば強制的にエプロンを取り上げ繕っている。
わっちはやることが無い…。
相変わらず優雅な手捌きでエプロンを縫っていくバレンティーナ。
バレンティーナ程ではないにせよ、丁寧に手早くボタンを縫うフランシーヌ。
わっちも多少知識があるにせよこの二人には到底及ばないだろう。
しばらくしてエプロンを繕い終えたバレンティーナは酒場の中に消えていった。
ちくちくとバレンティーナに追いつくべく奮闘しているフランシーヌをわっちは見つめていた。
真っ直ぐな瞳を輝かせながら嬉しそうに初めて見る洋服を繕っている。
本当に洋服を触るのが嬉しいんだな…。
なんだか羨ましい。
わっちはフランシーヌの傍にいたシャルロッテをあやした。
秋風「ツッツッツッツッ♪おいでおいで」
人懐っこい性格なのかシャルロッテは思ったよりも簡単にわっちの膝の上に収まった。
わっちはふと気になって聞いてみることにした。
秋風「フランシーヌは仕立師になりたいのかい?」
その問いにフランシーヌは視線を移すことなく答えた。
フラ「はい♪両親が仕立師だったので私もその道を行きたいと思ってます」
秋風「そうかぁ」
仕立師だった、か…。
一人で酒場の前に軒を借りてとなると、深く詮索しない方が良さそうだ。
フラ「秋風さんもバレンティーナさんも船乗りさんなんですか?」
秋風「ん、そうだけど。何で分かった?」
フラ「お二人共、街の人とは雰囲気が違いますから潮の香りもしますしね」
良く気付く子だ。
酒場で色んな人を見て、洋服の勉強をしてるんだな。
フラ「あたしの両親も船乗りさんだったんですよー。織物とか良く買ってきてました」
秋風「この辺だと、ベルベットかな?ジェノヴァやピサならそう遠くないし」
フラ「フフッ、当たりです♪あたしはいつも織物を触らせて貰ってました」
秋風「それで裁縫を覚えたの?」
フラ「そうですねぇ、好きな人の為に何かを出来るとしたらあたしにはこれしかないかも」
秋風「そっか…」
フラ「お二人はなぜマルセイユに?」
ごろごろとうなるシャルロッテを撫でながらわっちは答えた。
秋風「バレンティーナの副官を探しにね」
フラ「ふくかん?って何ですか?」
秋風「百聞は一見にしかずかな?っとその前にちょっと我慢してね、シャルロッテ」
わっちはシャルロッテに自分のボロボロのジュストコールを上から被せた。
そして首から下げた笛を思い切り吹く。
ピィーーーーーーッ
と細い音が風を鳴らした。
フラ「い、今のは?」
秋風「もうすぐ来るよ」
しばらくすると港の方から一人の少女が駆け寄ってきた。
少女「お呼びですか?」
秋風「ご苦労様、ニーナ」
ニーナと呼ばれたこの子はわっちの副官を務めている子だ。
わっちと同じく顔に傷があったり、実直な性格の所為か敬遠されがちな子だが女の子らしい一面を持ち合わせてるので
わっちはこの子が可愛くて仕方がない。
秋風「ニーナ、こっちはフランシーヌ。さっき知り合ったの、ご挨拶おし」
ニーナ「はい」
返事をして姿勢を正しニーナはフランシーヌに向き直った。
ニーナ「お初にお目にかかります。秋風の副官を務めています、ニーナです。以後お見知りおきを」
秋風「かたっ!」
ニーナ「…」
秋風「自分に素直になったらどうだい?可愛いところもあるのに…」
ニーナ「私は元々こういう性格ですっ!」
秋風「ふ〜ん…」
フラ「あ、あのっ!あたしフランシーヌです。よろしくお願いします!」
フランシーヌは深々と頭を下げた。
ニーナはチラリとフランシーヌを一瞥しただけですぐにわっちに視線を戻した。
ニーナ「こちらこそ、よろしくお願いします。船長、ご用は?」
秋風「挨拶だけ」
ニーナのこめかみに青筋が浮かぶ。
秋風「うそ、うそ!そんなに怒らなくても…」
ニーナ「ご用を仰って下さい」
秋風「はいはい。じゃあ言うから覚えておいてね」
ニーナ「かしこまりました」
秋風「まず、港に戻って船の積荷を降ろして交易所で捌いて来て。相場のチェックを忘れないで。
110%以下の物は売らずに留めて置いて。確かカカオとめのうが110%以上だったから。そしたら
そのお金を持って道具屋に行ってエストックを3本、バックルブーツを2足と傷薬を5個買って頂戴。
次にダ・ヴィンチさんの所まで行って発見物の報告して、その足で商館を見て回ってコルセアコートが
あったら買ってきて。30万D【ドゥカート】以内だったら買っちゃっていいよ。
その後、造船所に行って帆の買い足し。ミズントップローヤルスルを4ね。張替えもお願いしておいて。
ついでに武器職人の所に行って「見積もりが間違っていたんだけど計算も出来ないなんて頭腐ってるの?予定していた取引は全て解消します。
さようなら」と一言一句違えず伝えてきて。
それが終わったらまた交易所に戻ってブランデーを買って船員に振舞って頂戴。自分の分もちゃんと買うのよ?以上。いい?」
ニーナはメモを取ることも無くその場でそれを聞いて小さく頷くと港目掛けて走っていった。
フランシーヌは点になった目でニーナの後姿を追っていた。
フラ「うへぇ…」
秋風「あれ?どうかした?」
フラ「大変なんですね…副官さんて」
秋風「あははっ、わっちの人使いが荒いだけだよ。ニーナはわっちの片腕だからね」
フラ「そ、そうなんですか?」
秋風「副官て言うのは船長の手が届かない所を補う為にいるのさ。知識の面だったり、技術の面だったり色々ね」
フラ「ふむふむ」
フランシーヌはボタンを繕う手を止めて顔を上げて話しを聞いていた。
秋風「ニーナの場合、わっちがめんどくさがりだから迷惑掛けてるけど良くやってくれているよ」
フラ「あの、秋風さん。聞いても良いですか?」
秋風「ん?なんだい?」
フラ「どうして副官と言うものがあるんですか?」
秋風「難しいねぇ。まぁでも答えるなら船が買えないからって言うのが大半じゃないかな?」
フラ「なるほど…」
秋風「今のご時世、皆船で旅をするのに憧れてる。
もっと広い世界を見たいとか、もっと知識を深めたいとか理由は様々だけど船があれば夢はとても近くに感じられるんだよ。
何処にでも行けるから」
フラ「うん…」
秋風「でも船は安くないし、買ったとしても海賊に襲われたり嵐なんかで失ってしまう事もある。
やっとの思いで買った船が無くなってしまったら…もう二択しかないでしょ?」
フラ「あきらめるか…追い続けるか…」
秋風「そう。夢を諦められなくてまた海に出たい。そんな人間が副官になるんじゃないかな?」
フランシーヌは黙ってわっちの言うことを聞いていた。
秋風「逆に言えば船を買えなくても世界を見て回るチャンスがあるんだよ。副官になれば誰かの船に乗ってね」
フラ「そう、なんですね…じゃ、じゃあ!どうすれば副官になれますか?」
秋風「副官になりたいのかい?」
フラ「あ、っと…まだ決まってないんですけど。もっと色んなお洋服を見れたらなって、思ってたんです」
秋風「なるほど」
フラ「船に乗って旅をすればもっと色んなお勉強が出来る。色んなお洋服が作れる様になる。お父さんやお母さんがそうだった様に…。
あたしも、皆に喜んで貰える様なお洋服が作りたいなって」
うつむき加減で呟く様に話していたフランシーヌが顔を上げてまっすぐわっちの目を見つめた。
その大きな瞳に悲しみも希望も携えていた。
そうか
貴方は継ぎたいんだね
仕立師であり、船乗りでもあったご両親の意思を
想いを…
秋風「副官になるのは簡単だよ。渡航許可を得ればいい」
フラ「そうなんですか!?」
秋風「試験を受けるんだ。渡航許可を得る試験には船長になる為の知識が要求されるからそれをクリアすれば副官にはなれるよ」
フラ「なるほど!」
秋風「後は運だね」
フラ「運?」
秋風「そう、運。フランシーヌに雇い主になる船長に必要とされるものがあるかどうか」
フラ「う、うぅ…そうなんですね…」
秋風「そこまではわっちじゃどうにも出来ないけど…ま、少なくともフランシーヌなら希望はあるよ」
フラ「だといいんですが…」
秋風「ま、副官になりたいのなら頑張りな。応援するよ」
フラ「はい、考えてみます」
秋風「喋ってたら、喉が渇いたなぁ。何か飲むかい?」
フラ「あ、ごめんなさい!今、紅茶を!」
秋風「まだボタンの直しが終わってないんでしょ?」
フラ「あっ!」
フランシーヌは慌ててボタンの繕いを再開した。
秋風「酒場で買ってくるよ。フランシーヌは酒は飲めるのかい?」
フラ「あぁ、いえ…ぜんぜん…」
秋風「じゃあミルクでいいかい?」
フラ「はい。あ、お金は?」
秋風「おごりだよ♪」
そう告げてわっちは酒場の中に入っていった。
酒場に入るとイレーヌとバレンティーナが何やら神妙な面持ちでこちらを一瞥した。
フランシーヌがどうとか聞こえた様な気がしたけど…。
ま、フランシーヌをバレンティーナが無理矢理口説こうとしてるのをイレーヌが止めてるとか、そんなとこだろうさ。
フランシーヌもまだ海へ出るのを決め兼ねてるみたいだし、そこはそっとしておこうか。
わっちはマスターにミルクとラム酒を注文してお代を置いて外に出た。
秋風「お待ちー」
フラ「あ、秋風さん。丁度今終わったところなんですよ♪」
秋風「お、ちょうどいいねぇ。お疲れさん」
わっちは自分のグラスをフランシーヌに手渡したコップにカコンと当てた。
一気にラム酒を飲み干す。
フランシーヌも合わせてコップに口をつけた。
秋風・フラ「くはぁ♪」
秋風「仕事の後の一杯は格別だねぇ」
フラ「ふふふっ、そうですね♪」
秋風「ま、わっちの場合仕事は殆どニーナが…」
フラ「あははははっ♪」
フランシーヌが飲み終える頃に丁度バレンティーナが出てきた。
フランシーヌは出来上がったばかりのバレンティーナの服を広げて見せている。
バレンティーナはそれを手にとってさり気なくチェックを入れていた。
抜け目無い…
それからわっちらは酒場を後にした。
バレンティーナの横顔はどこか寂しそうだった。
折角良い子を見つけたのに待ってなくちゃいけないんだからそれもそうか。
それが1ヶ月先になるか1年先になるか、はたまたもっと長くなるかも知れないんだから…
秋風「良い子だったね」
わっちが声を掛けるとバレンティーナは少し寂しそうに、少し嬉しそうに薄く微笑んだ。
バレ「そうね、いつか…一緒に旅がしたいわね」
バレンティーナがこんなこと言うなんてねぇ。
珍しい事もあったもんだ。
秋風「そう遠くはなさそうだ」
そんな表情を吹き飛ばす様にわっちは笑ってやった。
大丈夫
きっとフランシーヌなら良い仕立師になるよ。
そして願わくは副官になってバレンティーナの傍に居て欲しい。
そしたらわっちも、フランシーヌと旅が出来るからね。